超電磁ロボコン・バトラーV 全話解説
最終回 平和の使者Vは不滅だ

脚本:辻真先 絵コンテ:高橋資祐 演出:山口三平太 作画監督:金山明博


革命は、別れはどこかあっけなく

 
ボルテスX以降の作品を見てからコン・バトラーVを視聴してしまうとどうしてもあっけない幕切れのような感じが否めません。多分平和主義者の勢力の登場が唐突だった事と、その革命と五人のメインテーマである「友情」が決して結び付けられるものとは限らなかった事かも知れません。また名無しは最終回を視聴したはずですが、10年ほど前ゆえに記憶が曖昧で、ゼウスの登場後自分達は平和に向かって何をすべきか考えるラスト(これはひお先生の漫画版)だったのか、ゼウスの遅すぎる登場に豹馬が誤ってどうにかなる問題じゃねぇ!と怒るラストだったのか、えーとなんだったっけ……と思っていただけにちょっと拍子抜けしてしまいました。
 キャンベル星の革命は最終回冒頭になってようやく登場した内容であり、ボルテス、ダイモスと比較すれば急な展開が否めません。実際同期に放送され、一足早く最終回を迎えたグロイザーXの方が革命による勝利の展開も先であり、終盤は連続ドラマとして機能していました。それに対してゼウスの登場
急であり、彼によりアースボムが消滅してしまった展開もどことなくご都合主義な感じが否めません。せめてコン・バトラーVに最後のエネルギーを与えるなどして、コン・バトラーV自らの手でアースボムを除去うする活躍を見せていればもう少しマシな印象を与えたかもしれません。
 次にコン・バトラーVのメインテーマである友情が決して敵側の革命と結びつかなかった点です。ボルテスX、ダイモスと違い主人公側が敵側との関係を持たず、敵側に捕らわれた父の救出や敵側の少女との恋愛といったテーマもない為、キャンベル星の革命もバトルチームにとっては人ごとのような印象しかなく、どうも弱い展開な気がします。
 あとは単純に尺が足りなかった事です。三体のマグマ獣との戦いをもう少しさっさと終わらせていれば、キャンベル星の革命後、皆が別れて終わるラストの他にも何か余韻がある描写を入れる事が出来た筈です。正直ガイキングやガ・キーンの最終回並みに詰め込んでしまった印象がありますが、この詰め込んだ最終回を反省し、本編で展開させた大河ドラマによりしっかり締めた最終回を見せたボルテスXに活かされた事はまだ救いかもしれません。


総評〜シリーズ1作目であり、1作目にしかないテーマ〜

 最終回でちょっとあっけないと苦言してしまいましたが、それでも全体としてはコン・バトラーVの作品レベルは高いと名無しは考えています。ロマンロボシリーズの礎となっただけの作品であり、そして礎にしかない長所を見つける事が出来ました。

コン・バトラーVにおいてはまだボルテスX以降の大河ドラマのような展開は確立していない為、基本的1話完結の作品です。が、そこに5人がコン・バトラーVのメインテーマである「友情」に上手く絡みつき彼らチームの個性を押し出す事に成功した描写は、ボルテスX以降の作品では群を抜いているはずです。
 まずコン・バトラーVの複数のパイロットが操縦するメカが合体する発想はゲッターロボの流れでして、無茶苦茶な変形はしないとのメカ面での進歩はさておき、キャラ面ではゲッターチームと比較して、やや年齢を下げられた感じで描き、特に豹馬はリョウを始めとする従来の集団ヒーローものの主人公とは違い、決してリーダーシップに長けた完成された主人公ではなく、時々熱くなってしまう描写があり、まだ成熟していない主人公ゆえに仲間達の支えが必要であり、それが友情に繋がるものであると感じさせました。またゴレンジャーの影響もありますが(ノータッチにもかかわらず、コン・バトラーVはなんとなく石ノ森先生っぽいノリ)ヒロインや子供ポジションをマスコットやサポートだけではなくコン・バトラーVのパイロットとして見なした事もポイントで、とくにちずるのようなヒロインポジションは女性ロボやサポートメカのパイロット、または留守番での役割が殆どであり、以降の作品では共に主人公機や合体メカのパイロットとして女性が起用される作品が増える事から、ちずるのポジションは革新的なものだったはずです。

 そんな合体メカを操縦する5人に見せ場を与えた事も大きな点で、単発エピソード主流の作品故に、そんな単発回に各々のキャラの活躍を結び付ける事に成功し、友情のテーマに皆が主役として機能していました。このパイロットチームとメインテーマの結びつきが完全に為された点では、ロマンロボシリーズにおいてはコン・バトラーVのみでして、パイロットが1人のダイモスはそれ以前の問題と見なし、父と子のドラマがテーマのボルテスXでは、剛三兄弟以外の二人はドラマからのけ者にされ、クローン問題がテーマのダルタニアスでも弾児は門外漢です。特にボルテスXでは当初はチームの友情をメインとした描写でしたが、同じコンセプトの2作目の宿命ゆえにどうしても、コン・バトラーVの二番煎じに見えてしまい、それゆえに父と子のテーマへシフトチェンジして、チーム同士の友情は裏に回る事になってしまいましたが、コン・バトラーVの場合はメインテーマが友情そのものだけであり、そのテーマが単発エピソードでも十分描写しやすいものだったからこそ、単発エピソードの殆どが各キャラに焦点を当てたり、友情を意識した作風故に、またバトル描写も様々なシチュエーションを用意して飽きさせないようにする心意気を感じる事が出来ました。単発エピソード主流の作品においては同期の大空魔竜ガイキングに匹敵する出来の良さであり、ガイキングがなんでもありを押し出したと考えれば、コン・バトラーVはぶっ飛んだ要素は少ないものの、堅実な面白さにより安定していると考えるべきでしょう。

 あと後のロマンロボシリーズのお約束ともいえるドラマを背負った美形幹部の存在ですが、ガルーダのドラマは第25、26話のみであり、事実上前作ともいえる勇者ライディーンのシャーキンから少し進歩した程度でして、ハイネル以降のメインテーマに大きく絡む美形悪役でもありません。ですが、ガルーダがあくまでその程度でとどまった事が実際後半を視聴しても、前半と比べると弱いと感じさせる事はあまりありませんでした。
 よくガルーダを美形幹部として持ち上げ、美形幹部が出てこない後半はごく普通のロボットアニメになってしまったとの心ない声を良く聞き、かつてのスーパーロボット大戦シリーズなどでもガルーダ編までしか再現されない事が殆どでした(最近はジャネラ一派の方の出番が多い)。ですがコン・バトラーVのメインテーマはあくまで友情であって、ガルーダの物語は少々失礼ですが脇役なのです。もしガルーダのドラマが長々と敷かれ前半のメインテーマとなっていた場合は、後半がトーンダウンしてしまったと否定できませんが、後半のメインテーマが変わらなかった為、特に後半がつまらないと思う事もなく、ムードメーカーの一木兄妹もなかなかいい味をしていて、豹馬とちずるの淡い恋模様も用意された後半もこれはこれで楽しむ事が出来ました。

 コン・バトラーVの欠点としては最終回となりますが、その最終回で試みられた敵側の革命は物語のメインテーマ、美形幹部の存在が三位一体となりボルテスXで実り、ダイモスで一つの完成形に到着します。(ダルタニアスはこの2作とはややベクトルが違う為ここでは省略します)コン・バトラーVはロマンロボシリーズ第1作、つまりシリーズの礎でもあり、礎から進化する為に後継作が止むを得ず捨てざるを得なかった要素には第1作目が単なる礎に過ぎない事を否定するコン・バトラーVならではの長所がしっかり内包されていました。単なるシリーズの礎としてではない魅力がコン・バトラーVには用意されていたはずです。


超電磁ロボコン・バトラーV 完


BACK BACK

inserted by FC2 system